全僕が泣いた読書記録 〜25歳からマーケティングを勉強中〜

このブログの全ては、私個人に属するものであり、私が所属する組織の見解を示すものではありません。

鋼鉄のオペラ

久々の芸術?反社会的運動?共謀罪

 

そんなことはない。これはオペラだ。

 

そして、騒音藝術と呼ぶものらしい。

 

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音。音。音。

圧倒的かつ支配的な音。

視覚と聴覚を持っていかれる。

 

 

暴力であり、支配であり、抑圧でもある。

 

とても怖い。

 

あがらうことのできない暴力に対して、どうするのか。

 

まさに戦争下での生き方に通じるものがある。

 

 

これは単なる善と悪との二項対立ではない。

 

それぞれの正義の戦いであり、一方で、思考停止の行動でもある。

 

何が正しいのかはわからない。

何が間違っているのかもわからない。

 

演者は音をかき鳴らし、

観客は意思なく、それを聞くのみ。

 

 

暴力。支配。一縷の希望。慈しみ。哀しみ。しかし絶望。虚無。

からの行動。そして、脱却=再生。

 

何からの脱却なのか。それは果たして正しいことなのか。本当に再生できるのか。

 

 

 

彼らもまた支配されていたのだ。

彼らの後ろにある、大文字の他者の存在に。

 

洗脳なのか。

 

それは何かはわからない。

わからないけど、彼らには確かに意志があった。

意志を持った上での選択なのだ。

 

観客は、どうだ。いつまで無関心気取っているのか。

それともそれが限界なのか。

 

思考停止の逃げ。自己家畜化。

 

これが戦争のリアルなのかもしれない。

 

戦争なんてわかんないなんて言ってられない。

いつその状況になるのかはわからないのだから。

 

 

終わった後の、一気に現実に引き戻される感。

知ってる世界に戻れたことへの安堵。

 

果たしてそれでいいのか。

 

 

30年の時を経て、今また問いかける命題。

 

これは行くべきでしょう。

明日まで。

 

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世界を変えるためではなく、

世界に変えられないために。

 

以上